二神大輝(EIMEI予備校塾長)のブログ

【早く大人になりたい!】子どもたちがそう思える社会をつくることが夢。旅行、料理、写真など趣味についても書いていきます。

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全部救ってやる

動物保護の漫画

 

「全部救ってやる」

 

これを読んでいると

 

小さい時からの家族の犬たちを思い出す

 

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うちもボランティアで預かり犬をしていて

 

千葉県の捨て犬を家族として一時的に迎え

 

譲渡するまで一緒に暮らしていた

 

先住犬もいて、小学校低学年から一緒の生活をしていた

 

 

 

 

犬って

 

みんな性格が全然違うんだ

 

 

 

 

 

 

今でも覚えている驚きの感情

 

今思うと母は優秀な預かり手で

 

丁寧に、愛情たっぷり育ててた犬たちを

 

しっかり見定めたご家族にたくさん譲渡してきた

 

だからうちには常に3,4匹犬がいて

 

人気の子はすぐに出てしまうけど

 

長く数年一緒に暮らす子もいた

 

色んな子たちと生活するのは楽しくて

 

みんな個性があって

 

可愛かった

 

 

 

 

 

 

僕が大学生になったあたりから

 

先住犬が認知症になりだした

 

年も年だったし

 

視力も衰えて

 

夜泣きが絶えなくなったり

 

徘徊して頭をぶつけたりもしていた

 

可哀想だけど

 

日々一生懸命生きていた

 

 

 

 

 

社会人になり、静岡県に飛んだ

 

その後退職して

 

カナダに飛んだ

 

心のどこかで

 

彼の死に間に合いたく無い気持ちがあったのだと思う

 

 

 

 

 

帰国して自宅に帰ると

 

仏壇に写真が増えていた

 

火葬して

 

骨壺に入れてもらったと聞いた

 

出国して、僕を見送った後のことだったと聞いた

 

 

 

 

 

 

 

小2から一緒だったから

 

15年か

 

今でも時々

 

思い出すことがある

 

 

 

 

 

 

一緒に散歩をした公園

 

ボール投げをした駐車場

 

一緒に食べたジャーキー

 

はしゃぎ回った布団

 

駆け回ったリビング

 

一緒に寝たコタツやソファ

 

 

 

自宅に迎えた時の、

 

段ボールから覗く表情

 

 

 

 

 

 

家族がいなくなると

 

自分の一部が失われた気持ちになると聞く

 

普段から意識はしていなくても

 

ぽっかり空いた穴は

 

塞がることはないのだなと

 

時々思い出す

 

 

 

 

 

 

 

後からわかったことなのだけど

 

僕は犬アレルギーだったらしい

 

通りで年中肌が荒れていたわけだ

 

 

 

 

 

 

 

それもあるけど

 

これ以上の悲しみは背負いきれないから

 

もう犬は迎え入れられないなーと思ってる

 

自分の心がもたない

 

だからずっと支援している人を心から尊敬するし

 

この漫画を読んだり

 

社会全体の動物に対する見方が変わっているのを感じたりすると

 

嬉しい気持ちになる

 

直接的でなくても

 

間接的な形で

 

支援していきたい

世の中の問題の多くがこれ

人が抱える悩みの全てが

 

人間関係からくる

 

ありとあらゆる名著に書いてあることだ

 

では

 

人間関係の何に起因するか

 

それは

 

コミュニケーションから、である

 

 

 

 

 

コミュニケーション力というと

 

就活で世の中の会社が学生に求めるソフトスキルであるが

 

とはいえ

 

言葉の抽象度が非常に高いので

 

分解してみよう

 

 

 

 

 

まず

 

相手の立場に立つ力

 

これが不足している人は大多数だ

 

大人でもそう

 

自分の主張ばかりで

 

他人の気持ちを考えられない人なんて山ほどいる

 

これは大人だからできるとかそういうものではなく

 

環境や本人の努力によって獲得されるものであり

 

無意識、無自覚な人は

 

一生身につかないばかりか

 

その事実にすら気づかない

 

 

 

 

 

 

次に論理的思考力

 

要は

 

人が言ってることを正しく理解できるか

 

自分の言いたいことを伝わるような話せるか

 

ってこと

 

そのためには

 

語彙力だったり

思考力だったり

想像力だったり

表現力だったり

 

そういったものが必要になる

 

それらが欠如していると

 

行間が読めなかったり

意図が汲み取れなったり

適切に伝えられなかったり

 

伝える側と

受け取る側で

 

すれ違いが起こる

 

 

 

 

 

他にも色々あるけれど

 

まずはこのあたり

 

 

 

 

円滑なコミュニケーションにも勤勉性が必要で

 

すぐ感情的になったりトラブルを起こしてしまったりする人は

 

このあたりに問題があるケースがほとんど

 

 

 

 

自分も社会人になってから学んだことがたくさんあるが

 

そもそもコミュニケーション能力というのは

 

後天的に獲得していくものなのだ

 

という認識でいる方がよい

 

そうして少しずつ人を思いやれるようになっていくのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

昔は

 

そういう当たり前のコミュニケーションがとれない人に遭遇すると

 

めちゃくちゃ腹が立っていた

 

こいつどういう神経してんの?

 

どういう思考回路でその発言がでるの?

 

なんでそんな受け取り方ができるの?

 

と苛立つことも多かった

 

が

 

問題の本質がわかってからは

 

まあ、世の中そんなもんかーと思うようになった

 

苛立つ自分もコミュ力が低かったわけで

 

それを反省したから変われたのだと思う

 

 

 

 

 

 

人を変えるのは難しいが

 

自分は変えられる

 

人生を豊かにするためには

 

変えられる変数を変えることに注力するのが

 

賢い選択であり

 

それはただしいコミュ力獲得の一歩目になるのだ

心が満たされる

人生で初めてアイドルを推せるかと思ったところで

 

好きだったBishが解散した

 

個々のキャラ立ちはもちろん

 

まじで歌が好きすぎて

 

これは!くる!くるぞ!うおおおおお

 

ライブいくぞおおおお

 

のタイミングで解散

 

悲しすぎた

 

 

 

 

 

 

 

が

 

この一年でついに

 

推しのアイドルができた

 

月並みだが、キューストがあつい

 

これが推しなのか、、、、

 

という感覚

 

インスタに流れてくる佐野あいかに心を洗われる日々

 

夏に行くライブを生きがいに頑張っている

 

やるぞおお

結婚式

友人の結婚式に行ってきた

 

めでたい🎉

 

中高大と、同級生というのは

 

かけがえのない存在だよな

 

この年になるとより感じるね

 

数年ぶりでも

 

一瞬で学生時代に戻って

 

バカ話ができる

 

ええなあ

読切のドリームパートナー

読切で名作を引いた

 

ドリームパートナーという作品

 

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マッチングアプリがあって

 

個別最適が良しとされる現代で

 

そんな理想を追い求めることへのアンチテーゼかのような

 

不完全を肯定する作品

 

人間は

 

不完全で、不合理だ

 

だから良い

 

そうやって愛し合える、許し合えるのが人間だよね

本当に好きなこと、やりたいこと

心の底から好きなことや

 

やりたいことがある

 

でもそれを二の次にするのに慣れてしまった

 

そのことに最近気がついて

 

よし、やりたいことやるか

 

という気持ちになっている

 

たくさんあるから

 

一つずつね

 

 

 

 

経済合理性の外にあるものばかりだが

 

それを楽しむ心の余裕をもってやるのだ

 

利他は中道である

能動と受動の間に

 

中道というものがある

 

自分の意思や他者の意図とは無関係なところで

 

自然発生的にそうなるものを指す

 

例えば

 

生まれるとか、惚れるとか

 

 

 

 

 

 

で

 

他人のために、という利他の精神は

 

能動でも受動でもなく

 

本来中道的なものなのではないかという話を聞いた

 

結構腑に落ちたので

 

少し考えてを書いてみようと思う

 

 

 

 

 

 

そもそも

 

能動的な利他とは何か

 

わかりやすい例を挙げるなら

 

仕事だ

 

我々は金銭的なリターンがないと

 

継続的な生活ができないわけで

 

みな生きていくため

 

能動的利他によって

 

社会を回してる

 

リターンを求めるというとなんだか打算的に見えるけど

 

そうしないと社会は回らないからね

 

 

 

 

 

 

逆に

 

受動的な利他なら

 

例えば

 

電車に乗っていて

 

目の前にお年寄りが来た時

 

とっさに席を譲る

 

これは能動的な人もいるけど

 

社会通念的にそれが良しとされているからそうする

 

って人も少なくない

 

行動は100%善であるが

 

今回はその動機に着目した時

 

受動的な利他と考えられるのではないか

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

その二元論を破壊する中道

 

自然発生的な利他

 

例えばなんだけど

 

横断歩道を渡っていて目の前で人が倒れたとする

 

知り合いでなくても

 

さすがに無視はしないだろう

 

声をかけたり、救急車を呼んだり

 

何かできることを考えてやる

 

 

 

これは

 

そういう状況、環境によって

 

利他が引き出されたもので

 

本人の意思でもなく

 

外部からの圧力でもなく

 

環境によって促された利他なのだ

 

これを本来の利他

 

中道としての利他と位置付けるという

 

 

 

 

 

 

 

さて

 

利他の精神は

 

それぞれの器がどれだけ満たされているかに依存している

 

自分が満たされていないのに

 

他人を満たすことなんてそうできない

 

だからこそ

 

まずは自分をたっぷり満たしてあげるべき

 

そうして

そのあとに

 

自分を満たしてくれた他者や環境への感謝として

 

自然と利他の心が周りに向く

 

理想的だけど

 

これが健全な社会のサイクルだ

 

 

 

 

 

 

ちなみに

 

おれはこの一年くらいで

 

ようやっと100%利他の心で動くようになった感触がある

 

言語化できない感覚だけど

 

これがそうか、と確かにわかる

 

邪念が一切ない

 

自分をここまで育ててくれた

 

様々な人、環境に感謝をして

 

利他の心で生きていく

 

というか

 

身を任せていく